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周回遅れの読書 「ウミガメの夜」他 [书]





「九年前の祈り」を読んで、続く「ウミガメの夜」、「お見舞い」、「悪の花」の短篇三篇は後で読もうと思ったのですが、そのまま読んでみると「九年前の祈り」の続編でした。これで「九年前の祈り」としての完成なのか?と。

「ウミガメの夜」を読みはじめると、舞台は同じ大分県佐伯市で、あれこれは繋がるのか?と思ったら繋がった話しだった。「九年前の祈り」の部分だけ読んだ直後の印象と全体を通して読むのとはちょっと違う感じがしました。

「九年前の祈り」だけの方が簡潔で良かったような気もします。「ウミガメの夜」では仰向けにされた産卵直後の亀が、「お見舞い」では無事に海に帰されて終わったようで、亀好きの私はホッとした(笑)。

「九年前の祈り」でも精神障害児が軸でしたが、続編の「ウミガメの夜」、「お見舞い」、「悪の花」でもタイコーと呼ばれる重度ではない精神障害児(中年になるんですが)が軸となっている。このタイコーは「九年前の祈り」でも主人公の母のお友達(年配)の息子として描かれている。

三短編全体としてはこのタイコーが軸となるストーリー。最後の「悪の花」ではタイコーがメインテーマとなる。軸とは言っても直接には登場はしてこない。ネットで調べると、著者はこの「悪の花」を最初に書き、あとは見舞い、カメ、九年前と単行本とは真逆の順に書いたとか。なるほどねえと。単独であればこの「悪の花」が一番判りにくいのですが、単行本の順に読むとすんなりと判りやすい。本当に書きたかったのはこの「悪の花」だったのでしょう。

九年前の重度精神障害児の男の子とこのタイコーがとてもメンコい感じがしました。宮城弁で言えば「もぞこい」に近い。もぞこいとは哀れという意味でも言われますが、可愛いという意味もありますし、愛おしいという意味も含まれる。微妙なニュアンスですが。
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落日の国 [raison d'être]

落日の国とは、言うまでもなく我が日本です。テレビを見ればわかります。出て来るのは爺の巧みの技ばかり、あるいは日本贔屓の外国人のここが素敵日本バンザイばかり。教育予算はドンドン削り、英語も話せない小学校教員に英語教育を担わせる。若者たちに予算はかけず、人口はドンドン減っていく。移民は頑なに拒否。日本の流動性は低い。

とは言いつつ、爺の私は良い国だとは思う。兎に角、治安がよろしい。安心してどこにでも行ける。「落日の国」とは成熟の国ではあります。一方で、保守勢力は戦争の出来る普通の国にしたがっている。やれやれです。若者が減るのに誰が戦争に行くのかね?保守右派は、いざとなれば自分が率先して戦地に行き、子供を戦地に喜んで送り出すのか?今度の選挙で保守勢力が憲法改正に踏み込めば歯止めはなくなるんでしょうな。

ともあれ落日とは美しいものです。








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周回遅れの読書 九年前の祈り [书]


九年前の祈り

九年前の祈り

  • 作者: 小野 正嗣
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/12/16
  • メディア: 単行本



これも芥川賞受賞作品ですが、この作家の手法でしょうが、過去の回想が文中に突然入るので、そういう書きぶりと思わないで読むと混乱します。が、読んでいるうちにわかる。一昔前の映画で流行った手法なんでしょうな。それによって主人公の心理を描写する。ちょっと古いよね、この方法と思いながら読みました。古いフランスのヌーベルバーグ映画を連想したのですが、調べると著者はフランス文学が専門らしい、ああなるほどと。

物語は母子の話。息子は重度?の精神障害を持っている。私も日常、そういう患者さんを診ることがあるし、知り合いが小中学校で精神障害児を担当しているので切実なテーマに感じました。誤解されそうですが、ケアする側に「救いようが無い」という現実を受け入れることが「救い」であるという逆説的な現実がある。

小説の母も息子に過剰な期待をする葛藤が描かれている。でも現実は違う。ケアする側にpityという感覚がある限りconflictは続くのでしょう。そうではなくありのままを受け入れる、そしてケアではなくて、対等にcontactできるようになれば良いのでしょうが、そういう境地にはなかなか至らない。特に親子関係は。


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ノーベル賞と選挙 [歳時記]

なんだかマスコミはノーベル賞文学賞が、日系イギリス人だと騒いでいますが、イギリス人ですから騒ぐ事もない。日本人が取ったわけでもない。村上春樹が残念なことにまた取れませんでしたが、今後もちょっと難しいと思います。

ノーベル賞は多分に政治的です。社会性とも言うかもしれませんが、村上春樹の作品には縁が無いものです。現代社会や科学文明を告発する、あるいは批判するようなスタンスに乏しい。現在を肯定したところから始まるトレンディーな小説です。これだと今のノーベル文学賞にはインパクトが弱いでしょう。

ノーベル賞よりも日本は選挙のことでしょう。ツイッターを見ていたら、「お前が国難」とあったので思わず苦笑してしまいました。国難選挙と宣言した国難首相のことでしょう。いったい何のための選挙なんだかわかりません。すっかり小池党が政治バラエティ番組の主役となっています。

日本では話題性だけで当選するキライがありますから、ちと恐ろしい。




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周回遅れの読書 穴 [书]


穴 (新潮文庫)

穴 (新潮文庫)

  • 作者: 小山田 浩子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/07/28
  • メディア: 文庫



これも芥川賞受賞作品ですが、なかなか不思議な小説です。タモリの世にも奇妙な物語風ですが、ちょっとその比喩はなんだかなと言うなら、安部公房風と言っても良い展開ストーリー。最初の書き口は普通の小説なんですが、筆力があり途中から気味が悪くなる。

不気味な感じがしてくるのですね。そんな具体的な描写はないのですが。でやっぱり奇妙な展開になっていく。不思議の国のアリスと小説にも出て来るのですが、獣を追って穴に落ちるともうヘンテコな世界観が拡がる。

主人公は夫の転勤について田舎に引っ越すのですが、実に奇妙な世界が拡がって、そこに馴染んで居つくというストーリー。文章にも演出をしていて、わざと文に改行がなくズラズラと会話文も続けて書いてある。読者は何処で区切れがあるのかわからない不安定感を味わう羽目となる。

この本に載っている短篇の「いたちなく」と「ゆきの宿」はオーソドックスな文章です。「穴」もこの短篇二篇も主題は田舎の都会人の知り得なかった環境、、、環境というか不条理というか不合理というか、都会人や現代人が合理的に切り捨てて来た部分なんでしょう。

「穴」ではその部分は未解決のままで終わり、都会から来た主人公はそれをそのまま受け入れというか、そこに埋没する。「穴」には葬式という死があり、短篇二篇(これはこの二篇で一つの話し)には誕生という生がある。そして主人公たちは都会というか現代に戻る。

上手く書かれています。欲を言えば「穴」はもっと深く書いても良かった。でも、そうすると読みにくくなる。「いたちなく」は「つつがなく」をもじっている。つつがとはツツガムシのこと。いたちごっこの言葉の由来が出て来る。でもこのいたちごっこはもともと子供の遊びで、著者の創作だろうか?どうでもいいですが。










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NHKは米国の報道が多すぎ? [歳時記]

NHKは先日の米国の銃乱射事件を国内ニュースのように報道しますが、米国は銃規制の無い国です。かつ、あのラスベガスは機関銃を持っていても平気で闊歩できるそうです。そんな国であのような事件が起こるのは、残念ながら必然とすら言えるでしょう。

受信料を払って銃規制のない例外的な先進国である米国のニュースをNHKで長々と見たくないです。したり顔の解説も聞きたくないです。解説は銃規制がないから起きた事件で十分です。トランプ大統領はライフル協会から日本円で30億円ほどの献金を受けているのです。それより森友加計学園問題や、今度の選挙、そしてどこの党が憲法九条の改正を述べているか等々、報道すべきことが多々あるでしょう。

選挙は小池党の事が多すぎます。偏向じゃないのかね?NHKの政治報道もワイドショー化して困ったもんです。政治家や政党の駆け引きの解説が解説者の役割だと誤認しています。そうではなくて、各政党はどのような方針なのか?ちゃんと報道すべきでしょう。本来はNHKにしか望めないところですが、政治家の駆け引きばかり解説している。嫌だね、、、、、

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周回遅れの読書 スクラップ・アンド・ビルド [书]





面白かった本ですが、私は療養病床のドクターしていますので、なるほどねえと思えることが多かった。著者は「薬漬け病院」に行く度に祖父が弱体化するとか、介護施設は利益のために延命化しているとか、まあ紋切り型の書き方していますが、この方が一般の読者が飲み込みやすいのでしょう。

こういう些細な書きぶりには若造のドクターのように一々は反論する気はないです。爺ドクターなんで。ともかく高齢者のことがよく書けています。どんな高齢者であっても生きたいし、異性にも興味がある。そしていつも家族のことを考え、寂しさを感じている。家族には甘えいたし、嘘をついても自分が若い頃のことを美化したい。

こういう単純なこと(普通の若い世代と高齢者とはそれほど違いがない)が一般の人や家族にはなかなか理解できない。そのある種の家族間の葛藤がよく描かれていてなるほどねえと思いました。若い世代の高齢者への期待感と、その期待外れの現実とのギャップがこの小説を産み出したのでしょう。



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トロイの木馬 [raison d'être]

海外誌には、小池党は自民党の派閥と書かれていたのですが、実際そうでしょう。この小池党は、寛容な保守とダイバーシティを標榜しているらしく、原発ゼロも掲げているようです。なんだか俄には信じがたいのですが。リップサービスなのか、化けの皮なのかただの選挙対策だけのスローガンなのか。

小池党は新生の立憲民主党の候補者には刺客候補を立てるとも述べていますが、これだと自民党の別動隊そのものでしょう。前原が民進党を解党したのですから、要するにリベラル潰しの自民党の別動隊が小池党の実態と見るべきでしょう。

選挙後は、おそらく小池党は自民党と大連立して、小池氏自身が首相に担ぎ出されるタイミングを伺うというのが本来の目標でしょう。小池党があわよくば大勝して乞われて自民党と大連立という青写真でしょうか。

ただ、先にblogしたように排除の論理を振りかざしたのが不味かったようです。リベラルを潰すには排除ではなく内包するくらいの「寛容さ」がないと出来ませんから。かつ、まさか排除したリベラルがこれほど短期間に新党を結成するフットワークがあるとは思っていなかったのでしょう。

リベラルとは保守から見ると、理想論ばかり述べて優柔不断の決断力の無い烏合の衆としか見えないわけです。小池党からすれば排除したリベラルは路頭に迷うみなしごでただ消えゆくのみと思ったのでしょう。保守や右派は、なんでもかんでも断固たる決断と圧力で世の中が乗り切れると誤解しがちですが、この単純さではいつまで経っても学べない。まあ、学べないから保守右派で居られるのですが、、、、

排除したはずの民進党リベラルの残党が新生立憲民主党を結成して、そこそこ勢力を再結集するとは自民党の別動隊の前原隊長も予想外だったのでしょう。トロイの木馬として活躍したつもりでトロい木馬だったと怒っているのか?

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周回遅れの読書 スプートニクの恋人 [书]


スプートニクの恋人

スプートニクの恋人

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1999/04/20
  • メディア: 単行本



実は村上春樹の小説は読んだことがなかった。翻訳本は読んでいますが。その昔、友人が「ノルウェイの森」に感動して、読めと勧めてくれたのです。が、彼の勧めなら読みたくないと思ったのです。その彼は古い話しですが、「赤頭巾ちゃん気をつけて」(庄司薫著)が芥川賞を受賞して、二三年してから突然、この小説はいいと言いだし、理由は主人公のガールフレンド(確か由美という女子高生)が可愛いからと。

そんな友人が勧めるくらいの本だろうから、ヘンテコな女の子でも出る小説なんだろうと読みませんでした。それ以来ずっと今まで村上春樹の小説は読んでいない(笑)。凄い偏見ですが。そしてこの「スプートニクの恋人」を読んでみると、その「由美」の進化型の凄い変わった女の子をガールフレンドに持つ主人公の話だった。ストーリーはその変わったガールフレンドに周りが振り回される話(と要約すると身も蓋もないですが)。

読んでみての第一印象は、とても読みやすい本です。色々な修辞句や形容があるのですが、どれもこれもすんなり読み込める。抵抗感が無いのです。変にトレンディーすぎるくらいで、さすがにノーベル文学賞候補の村上春樹の小説なんだと思ったのですが、これはチト怪しげ。

舞台はまるでテレビのトレンディードラマなんですね。音楽やワインなどの記載、ギリシャの避暑孤島が出たりと、こりゃ受けるんだろうと思いますが、少し嫌味なくらい。トランスジェンダーな愛の物語なんでしょうけど、意図的に生活感を排除した感じです。この小説だけでは村上春樹の小説は判らないので、また読んでみますけど。


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排除の論理 [raison d'être]

小池党がリベラル排除で物議を醸しています。もともとブレインが極右で、昨年の東京都知事選から危ない候補だと思っていましたから、彼らが排除の論理に至るのはとてもよくわかります。左派も右派も排除の論理を振りかざすとろくな事はありません。

物質を純化するのは、高度な科学工業技術で人の為になることが多い。まあ、プルトニウムの精製などはちょっとなんですがね。しかし、人の心や思想信条を純化するのは怖いです。思想信条から始まって民族浄化という恐怖に繋がりやすい。

もともと人の心も思想信条も幅広いものです。このレンジを拡げるのが進歩でしょう。豊かな社会とは多様性がある社会です。残念ながら米国もアメリカンファーストで、どんどんレンジを狭める政策を取りつつあります。思想信条、国民から不純物?を排除して純化する政策とは、つまるところ独裁制でしょう。

小池党に合流した細野モナ、前原某もチャライイケメンでした。いえ、外見で人を判断してはいけません。後者はもともと保守の第二極を作ると述べていたのですから、言行一致でしょう。民進党を解党して純化させたようで確信犯。議席を確保するためだけのエセリベラル議員達の化けの皮が剥がれたのが面白い。

排除の論理とは、皮肉なことに排除する側は自らも排除される側でもあるということに気が付かない愚かさを根底にしているって事でしょうかね。


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