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忖度を求める驕れるもの久しからず [raison d'être]

日米とも驕れるもの久しからずの様相を呈して来ました。大手メディアの日経新聞にも、とうとう「加計学園」のことが載りました。首相夫人が系列の保育施設の名誉園長に就任の予定とか。あれ?森友と同じ構図。森友学園以上に問題なのは、この学園は国家戦略特区制度を使っての設置で、税金の投入額が半端じゃない。そして例によってくだんの学園の理事長は首相のポン友。

国有地の格安払い下げも特区制度の利用についても、公として説明責任を果たさなければ国の制度の私物化と言われかねません。そこにきて元首相経験者の財務大臣は国会で「指さしてワンワンしゃべってる。偉そうに。失礼だろ」と質問する共産党議員に対して暴言。よほどご自分は偉い大臣らしい。これを驕りというのでしょう。

圧倒的多数の自民党と付録の公明党の与党は、驕れるものと言うべきか。ところで米国のトランプ大統領も上院下院とも与党共和党が多数派なのに、公約のオバマケア廃止法案を議会にかけることも無く断念。辛辣なマスコミは「まぐれでなった大統領」とまで言い始めています。さてさて、驕れるもの久しからず、盛者必衰の理ありですかね?


梯子から落ちた? [raison d'être]

昨日の森友学園問題の証人喚問ですが、あそこまで誠実に事実を述べるとは予想もしていませんでした。どうせ、曖昧な肩透かしで終わるのかと思っていたのですが、本当に「梯子を外されて」裏切られ、激怒した結果なのですね。

ところで、維新の議員が「梯子を外されたのではなく、あなたが(勝手に)落ちた」と述べたのですが、ああ、やっぱり梯子を維新の知事は渡したのですね。あれは維新が確信犯であると告白したようなもので苦笑しました。

喚問する議員は、まるで恐喝のような勢いがあり、これにも苦笑。どっちが悪い人なのかわかりません。「梯子を外された」上に、一方的に悪者にされて莫大な負債を抱えるリスクがあれば、洗いざらい述べた方が良いでしょう。そうすれば常にマスコミに注目され身の安全を図るにはベストです。恫喝まがいの国会議員や国家権力を相手にするんですからね、、、、



共謀罪を報道しないNHK [raison d'être]

森友学園問題でかまけて、共謀罪の法案審議を一切報道してないNHKとは偏向放送局でしょう。共謀罪とは、簡単に言えば罪を犯さなくても、犯罪を考えただけでも逮捕が可能となる恐ろしい法律です。居酒屋で、「あの上司!むかつくよな!!」「そうそう!!しばいたろか!!」と話すだけで逮捕が可能となるとてつもない悪法です。

NHKに限らずマスメディアでは、このとてつもない思想信条の自由を保障する憲法を蔑ろにする共謀罪をほとんど報道していません。ちょっと前までは、森友学園問題も報道していなかった。今どき、テレビなどのマスメディアを当てにするのは年寄りだけか?

今の自民党の多くの議員が日本会議の会員になっている事実もマスメディアでは報道されません。日本会議は現行憲法を改正し復古主義を図り再軍備化を強化し、教育勅語の復活を狙う超右翼結社と言っていいでしょう。マスメディアを当てにしていると危ない、、、、


日本会議 戦前回帰への情念 (集英社新書)

日本会議 戦前回帰への情念 (集英社新書)

  • 作者: 山崎 雅弘
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2016/07/15
  • メディア: 新書



PS 最近は大手マスメディアよりも日刊ゲンダイDIGITALなどが面白い。報道の自由を感じますね。大手マスメディアのエリート記者は、政権与党幹部にぶら下がり、接待を受け会食でもご相伴して書きたいことも書けないでしょうなあ、、、


震災から6年目 [raison d'être]

今日は東日本大震災から6年目になります。震災で亡くなった方々に改めてご冥福を祈ります。写真は宮城県雄勝の浜に展示してある小舟。津波で流されて4年後にハワイに漂着。水産高校の実習船が回収して来てもとの浜に帰ってきた。持ち主は震災前に亡くなっていた。保存のための維持費用が無く、このまま雨ざらしで朽ち果てるのでしょう。

地元では震災を風化させるなというメディアのステレオタイプな番組がここ暫く流れるのでしょうか。いずれにしても、もう6年経ってしまった。震災直後の数ヶ月のことはあまり覚えていない。嫌なこともあったので忘れようとしているのか?余りに忙しく色々なことがあったので日々の生活を覚えきれなかったのか?

遠い昔のような気もする。それでも被災地に行けば、復興半ばという風景が続くことは確か。

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本の読めない年頃 [raison d'être]

以前、以下のようなことを別のblogに書きました。
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なかなか小説が読めない年頃になりました。シニアで目が老眼だから、、、ではありません。リアルワールドの方が小説などのバーチャルな世界よりもビビットだからです。事実は小説よりも奇なりという言い回しがありますが、事実は小説どころではないのです。生々しく劇的なんですね。

しかも、目の前の現実を小説化しても、誰も信じてくれないだろうと思うくらいなんです。勿論、小説化なんてしませんが。ええ、、そりゃ嘘だろう!!!というようなリアルワールドなんですね。テレビドラマ見てもちゃっちいストリーにしか思えない程に現実はドギツイのです。 フーーー まあ珈琲でも飲みましょう。
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いまでもこの通りなんですが、そろそろ、その現実にも疲れてきました。珈琲を飲んでも埒があかない。やっぱり歳のせいか?と。疲れが出てきても、現実は変わりませんから、今までと同じように対応していくだけの選択肢しかありません。リタイアという言葉ありますが、リタイアとは仕事のことで、人生をリタイアするわけではないのです。

まあ、幾つになっても悩みがあるというのは幸せなのかもしれません。疲れることはあっても、飽きることはないですから。刺激的な日々をまだまだ営めるというのは良いことなのでしょう。


なぜエセ医学に騙されるのか? [raison d'être]

タイトルのような特集記事が、ある医療系雑誌に特集されていました。騙されたと思われる有名人には、最近ではアップルの創設者のスティーブ・ジョブズ、日本でも芸能人がよく引っかかります。ややこしい事に、れっきとしたドクターまでが「がんと戦うな」などといってがん治療を否定しています。なんだかそのドクターは菊池寛賞を受賞しているようですが、出版社は話題性があればなんでも宜しいらしい。

その特集記事にも色々と書いてあったのですが、知的で教養ある方々でもエセ医学に引っかかります。テレビをはじめとするマスコミ、出版社にとっては話題性があればなんでも宜しいわけで(エセ医学にひっかり患者の病状が悪化しようが、死にいたろうが、視聴率が上がり本が売れればなんでもよろしい)、エセ医学のオンパレードです。騙されない方がおかしいのかもしれません。

また、医療不信を掻き立てるマスコミ報道も多いです。医学医療は信じられないと思う雰囲気がある。副作用が怖い、薬害が怖い。しかし、だからと言って、エセ医学に流れるというのも変です。私見ですが、おそらく病気の受容が出来ないのでエセ医学に流れて行くのではないかと思います。医学とは科学ですから、ロジカルでクールです。簡単に言えば冷たい感じがします。

しかし、エセ医学はもともと根拠もロクにないものですから、一般のかたの感性に沿った文言を並べ立てるのはたやすいものです。しかも、もともと有効性もない療法ですから副作用もない。残念ながら副作用のない薬はありませんから。薬物学とはもともとは毒物学ですし。

エセ医学は言いたい放題ですから、◎◎をすれば、▽[×]?◎を飲めば完全に治りますと言い切れます。これは詐欺犯罪に近い。医学医療は科学ですから、この検査結果ならほぼ完治します(「ほぼ」とついている、「絶対に」とは言わない)。あるいはこの進行度では5年生存率は高くありません、とクールな対応です。

人間は甘言に弱いものです。自分が病気であると受け入れたくない心理が強ければ、心地よい文言でエセ医学は迫ってきます。あるいは医療不信が強ければ、今の医療じゃダメだとエセ医学は迫ってきます。怖いものです。

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文化、教育、ITは格差を拡げる でも、、 [raison d'être]

残念ながら、文化や教育は格差を拡げる方向に働くようです。意外なのか当然なのか?文明文化が未開な世界では、格差はあまりありません。ところが、文化が発展すると格差が広がります。それはその社会の文化に順応できる人々はいいのですが、文化に順応できない人々は取り残されます。

教育もそうです。教育に順応し、自分のものと出来る人々はいいのですが、教育に乗り遅れる人々は取り残されます。文明文化が発展すると、当然のことながら複雑な社会となります。順応した人々は便利な世と謳歌できても、順応できない人々はやはり取り残されます。

インフォメーション・テクノロジー(IT)も同じです。格差が開きます。利用できる能力のある人々はどんどんとその能力を発揮できますが、利用できない人々は取り残されます。簡単に比喩すれば、車の運転の出来る人は1日に数百キロ離れた所まで行けますが、車を持ってない、あるいは運転できない人は1日の行動範囲はせいぜい数十キロどまりです。情報も同じです。

では取り残された人々は絶望的か?と言えばそうでもないようです。裕福になれる人々は頭の良い連中か?と言えばそうではないようです。学校の成績の良い人々がそれなりに裕福になれるようです。同じじゃないか?と言われそうですが、違うのです。

知能犯というのが居る通り、知能は高くても犯罪を犯す連中もいます。一方、学校での成績とは、総合評価であって真面目さ、集団生活での態度、誠実さも評価されるので、社会性があって真面目でコツコツ努力する誠実さがあると、成人してからの収入は良いとか。欧米のデータですが。

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 豪雪 気温マイナス20℃ ここは新疆

トランプ劇場は続く [raison d'être]

連日トランプ大統領のニュースで食傷気味です。もうトランプはいいよ、お正月も終わったんだからと思うのですが、つくづく思うのは米国は民主主義の国だなあと実感します。なぜなら、政治家の経験も一切ない素人がそのまま国家元首になれるんですから。

政治のズブの素人が、いきなり国家元首になれる国は、世界広しと言えども米国しかないでしょう。知名度が高ければ議員にくらいは成れても、いきなり国家元首になれるんだから米国は究極の民主主義国家です。功を為した軍人が国家元首になることはあるでしょうけど。

トランプ氏は富豪かもしれませんが、資金力で大統領になったわけでもない。ロシアの陰謀だという説もありますが、それだけで大統領にはなれないでしょう。米国民はトランプ大統領を選らんだわけでその事実は否定できないです。

トランプ大統領を選んだのは、既存の政治家には満足できない庶民ということでしょう。既存のエリート政治家にはもう任せておけない。エリートは偉そうなことを言って自分達だけお金持ちになって信用がおけないという雰囲気があります。

これからもトランプ大統領の既成概念を破る政策が次々と出てくるでしょう。米国の庶民はそれを期待している。それが米国をどんな国にするのか?あるいは世界をどうするのか?はお構いなしなところが怖いですが、これからもトランプ劇場は続くでしょう。

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 花かんざし

代替的事実の深遠 [raison d'être]

代替的事実はただのデマ、嘘、根拠の無い妄説と割り切るのは単純すぎるでしょう。トランプ大統領の誕生がそのSNSを駆使した代替的事実によるプロパガンダだとすれば(それだけではないでしょうが)、社会的には無視するわけにはいかない。

代替的事実は、まず第一に少なからずの人々がその嘘に納得できるという要素がある。だからその代替的事実は流布して行く。少なからずの人々がその代替的事実が腑に落ちるということです。納得できる、共感できる、賛同できるということ。納得できることで安心することができるのが代替的事実です。

自分達の仕事が無くなったのは、中国やメキシコ、日本のせいだというのは、とてもシンプルで納得しやすい。そうだ俺たちが悪いんじゃない、不公平で悪いのは彼奴らだ。これはとても納得しやすい。悪いのは向こうであって、自分達じゃない!!と言うのは大衆受けします。

これがポピュリズムの怖さなんでしょう。真実を述べれば、それは嘘だ!皆!騙されるな!!と言えば済みます。しかも、今は判りやすさが受ける時代です。「マンガでわかる◎◎」とか「図解で判る◎△」とか「そうだったのか!ナントカカントカ」が昔から今に至るまで流行っている。

しかし、簡単に判る世の中なら、大学も要らないし専門家も要らない。判りやすいというのには怪しさが伴います。「まてよ?騙されているんじゃないか?」と思うことが大切なんですが、代替的事実をドーンと断言されて出されると、コロッと騙される。

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宮城県牛野ダム湖 湖面が一面凍っているんですが、ちゃんと湖畔にキャンパーが居るんですね。テント張って寛いでいます。プロですね、、、、陽射しは春ですが。



代替的事実 [raison d'être]

トランプ大統領の補佐官が使ったという代替的事実とはなんでしょうか?それは嘘ということです。alternative facts ということらしい。この alternative は医療者ならなじみ深いはず。正当な医療ではなく、alternative medicine と言えば馴染み深い。いわゆる代替医療のこと。民間医療という範疇に入るし、ホメオパシーなどが代表ですが、ホメオパシーは正統な医療だと主張するかたも居ますが。

代替的事実とは、真実ではないが見方を変えればそういう見解もあるという詭弁のようです。つまりは脱真実の時代に突入してしまった。日本には嘘も方便という言い方もありますが、代替的事実とは、脱真実なんで深刻な状況と言えます。代替的事実で米国大統領に当選したのがトランプ氏ということでしょう。そしてSNSは代替的事実に満ち溢れているわけです。

SNSのニュースソースについて真偽を確かめることすら無駄なのでしょう。なんせ脱真実の時代であり、代替的事実で成り立つのがSNSです。SNSとは自分の好みのサイトやソースを登録して、自分好みの情報だけを受け取りたいわけで、本当のそして不快な真実を知る気はないし、好みの代替的事実以外は知りたくない。インターネットの世界はとうとう脱真実の時代になったわけです。

我々は仮想現実の世界で、アニメ映画を見て、ゲームを楽しみ、ボーカロイドを楽しみ、初音ミクをアイドルとして扱うわけで、今更、代替的事実に驚くこともないでしょう。しかし、好みの代替的事実だけを楽しんで、それで一生涯過ごせるといわけにはいかないでしょう。なんせ我々は現実に生きるしか選択は無いのですから。